大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和40年(あ)1869号 判決

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

理由

東京高等検察庁検事長松本武裕の上告趣意について。

所論のうち、判例違反をいう点は、引用の判例が、わが国の租借地であった大連から支那国である青島に塩酸ヘロインを搬入した、支那ニ於ケル阿片及麻酔剤取締令(昭和三年外務省令第八号)違反に関するものであって、本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であって、いずれも上告適法の理由に当らない。

しかし、所論にかんがみ、職権によって案ずるに、沖縄は、わが国の領土ではあるが、昭和二七年条約第五号日本国との平和条約三条により、アメリカ合衆国が行政、立法および司法上の権力の全部を行使する権利を有することになっている結果、わが国の統治権が現実に及ばず、アメリカ合衆国が現実に施政権を行使しているのであって、このように、わが国の統治権が現実に行使されていない地域から、わが国の統治権が行使されている地域に麻薬を搬入する行為は、麻薬取締法にいう輸入に当るものと解するのが相当である。けだし、輸入の意義について法律上特別の規定が設けられていない場合に、その意義をどのように理解するかは、法律の趣旨目的に照らして合理的に判断すべきものであるところ、麻薬取締法は、麻薬の輸入、輸出、製造、製剤、譲渡、譲受、所持等について必要な取締りをして、その施行区域内における社会秩序の維持と国民の保健衛生上の危害の防止を図ろうとするものであるから、麻薬が、同法による行政的取締りをすることができない地域から、その取締りをすることができる地域へ搬入されることを輸入として規整する必要があるものと解するのが合理的であるからである。もっとも、輸入という語は、一般的には、外国からわが国に物を搬入する行為をいうものとされているが、それは、ある国家が一定の地域に領土権を保有しているときは、現実にそこに統治権を行使しているのが普通であることによるものであって、領土権と現実の統治権とが別々の国家に帰属しているような特殊な場合にまで当然に妥当するものではない。

ところで、原判決は、関税法および関税定率法には、沖縄を外国とみなす旨の規定が設けられているのに反し、麻薬取締法には、同様の立法措置がとられていないことを理由として、沖縄から鹿児島に麻薬を搬入する行為は輸入に当らないと断じている。しかしながら、関税法および関税定率法では、輸入の意義について、「外国から本邦に到着した貨物……を本邦……に引き取ることをいう」と規定している関係上、これらの法律の委任による政令に沖縄等を外国とみなす旨の規定をおいているに過ぎない。したがって、輸入の意義についてなんら規定をおいていない麻薬取締法に、右のような沖縄を外国とみなす旨の規定がないことを理由として、沖縄から鹿児島に麻薬を搬入する行為を輸入に当らないとするのは正当でない。

そうすると、これと相反する見地に立って、被告人が、ほか二名と共謀のうえ、沖縄から鹿児島に麻薬を搬入して輸入したとの公訴事実について、犯罪の成立を否定した第一審判決およびこれを維持した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすものであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 下村三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例